2月の読書記録
2月に読んだ本をまとめる。
なんで今やってるかというと2月読書会の感想文が昨日やっと書けたからですね。
面白く読んだし引用もしたけど、まとまった感想というと悪口みたいなのしか出てこなくて…。
まあ無難にまとめられたのではないかと思います。
読んだ本
・魔法使いはだれだ
・魔女と暮らせば
・おちゃめなパティ、カレッジへ行く
・本漫画
・ゴリラの森、言葉の海
・トニーノの歌う魔法
『魔法使いはだれだ』ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
クレストマンシーシリーズの刊行が続いています。
本作はあるクラスで「クラスの中に魔法使いがいる」との告発メモが発見されるところから始まります。この世界では魔法は禁忌、魔女や魔法使いは審問官に囚われています。クラスで起こる不思議な現象は魔法なのか、魔法使いは誰なのか?クラス内の探り合いは最後には世界を動かす大事件に発展します。
クラスの子どもたちの描写がいいんですよね。はみ出しっ子やいじめっ子だけでなく、取り巻きだった女の子にもそれぞれ魅力があり、てんやわんやが盛り上がります。
ネタバレだけど大きな魔力を持った子は魔法がない世界に変わっても大きな才能を持つことになるという救済が嬉しかった。現世で才能がある人は実は魔法使いだったのかもね。
記憶の二重性というところで九年目の魔法を思い出したけど、あれより随分分かりやすかった。
『魔女と暮らせば』ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
クレストマンシーシリーズ。
船の難破事故から姉と二人生き残った男の子キャット。呪術師の家に暮らしていましたが、野心あふれる姉の策謀で大魔法使いクレストマンシーの家に引き取られることになります。クレストマンシーの城には魔法使いの家族、先生、使用人たちが暮らしていますが、プライドの高い姉はその誰とも馴染もうとせず、姉の言いなりになるばかりのキャットも居辛さを感じています。魔力を間違ったことに使わせまいとするクレストマンシーと姉の決裂は決定的になり…。
めちゃくちゃパワフルな姉ですが、ダイアナ・ウィン・ジョーンズ作品では序の口です。ミリーが『魔法の旅』から再登場!ほのぼのしたお母さんになってて嬉しい。兄妹とキャットのぎこちない交流が目に浮かぶようで、自分の経験じゃないのにそうそうこんな感じ、と思ってしまう。城から物を持ち出すと「私はクレストマンシー城のもの!」と喚き出すんですがアナログなのに効果的で面白い。九つの命を持つ大魔法使いがどういうものか、他の人と比較して分かるようにしてくれた回ですね。
『おちゃめなパティ、カレッジへ行く』ジーン・ウェブスター
赤毛のアンの作者が自身のカレッジ経験をもとに書いた短編集。
女の子の塊のエネルギーたるや。
『おちゃめなパティ』という寄宿学校(高校相当)編もあるのですが、刊行順は大学の方が先らしい。確かに一編の長さがまばらだったり手探り感が見えますね。
書かれている時代の男性と女性の交流における儀式感というかままごと感が好き。
『本漫画』和田誠
本をテーマにした1コマ漫画集。
和田誠展を見に行った時に見かけていたのを最近思い出して買いました。
緩やかな描線と昔話や童話といった題材がマッチして眺めているとほのぼのしてきます。
柵を越える羊がみんな本を読んでる漫画が好き。(文だと何のこっちゃですが)
本を読む人の漫画を書きたいなと思ってたのだけど、この本のさりげなさを見ると私のネタは頭でっかちでトゲがあるなと反省しました。
『ゴリラの森、言葉の海』山極寿一・小川洋子
ゴリラ学者と小説家の対談をまとめたもの。
読書会のテーマが「ノンフィクション」だったのでちょうどいいやと読みました。
始めはゴリラの話もしてるんですが徐々に共通の話題「人間」に寄って行き、ゴリラと違って何故人間は戦争をするのか話し合ってました。端的にいうと言語を取得したことにより共感性を発揮、見たことのない共同体の過去にこだわるようになったことが一因だそうです。
言葉の性質に啓示的な発言も多かったのですが、それを書き出したところで感想文にはならないんだよな。シェアラウンジで借りて読んだんですが探して読み直すことはないと思います。
『トニーノの歌う魔法』ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
統一されていないイタリアの小国を舞台にしたクレストマンシーシリーズの一作。刊行スパンが短い上に放っておくからこの月は3冊読みました。
国の防衛をそれぞれ担う二つの名家。国に防御の呪文をかけることで周辺国からの侵攻を食い止めてきました。しかし彼ら自身は互いのことを激しく憎み子供たちにも相手の汚点を刷り込むほどでした。
ある日子供(トニーノ)が家に帰って来なかったため、相手の家の仕業だと決め込んだ大人たちは列をなして乗り込もうとします。ついび両家は町の大広場で激突してしまいます。
魔法の地域性が出ていて良かったです。トニーノたちは住民から呪文使いの家と見られていて、実際に呪文に重点を置いた運用をしています。ふさわしい旋律に歌詞を乗せて歌うことで力を発揮するのです。旋律自体にも力のあるものとそうでないものがあるのが面白い。使い続けられることで力が集まった結果なんでしょうか。
一家の重鎮猫ベンベヌートがかっこいい。トニーノの面倒を見てやるとの宣言通り、毎日トニーノの帰宅に合わせて門に待機し帰ってきたら腕の中に飛び込む…。か、かわいい。ジョーンズ作品の猫って情が深くてでも気まぐれでとても魅力的です。畳む
2月に読んだ本をまとめる。
なんで今やってるかというと2月読書会の感想文が昨日やっと書けたからですね。
面白く読んだし引用もしたけど、まとまった感想というと悪口みたいなのしか出てこなくて…。
まあ無難にまとめられたのではないかと思います。
読んだ本
・魔法使いはだれだ
・魔女と暮らせば
・おちゃめなパティ、カレッジへ行く
・本漫画
・ゴリラの森、言葉の海
・トニーノの歌う魔法
『魔法使いはだれだ』ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
クレストマンシーシリーズの刊行が続いています。
本作はあるクラスで「クラスの中に魔法使いがいる」との告発メモが発見されるところから始まります。この世界では魔法は禁忌、魔女や魔法使いは審問官に囚われています。クラスで起こる不思議な現象は魔法なのか、魔法使いは誰なのか?クラス内の探り合いは最後には世界を動かす大事件に発展します。
クラスの子どもたちの描写がいいんですよね。はみ出しっ子やいじめっ子だけでなく、取り巻きだった女の子にもそれぞれ魅力があり、てんやわんやが盛り上がります。
ネタバレだけど大きな魔力を持った子は魔法がない世界に変わっても大きな才能を持つことになるという救済が嬉しかった。現世で才能がある人は実は魔法使いだったのかもね。
記憶の二重性というところで九年目の魔法を思い出したけど、あれより随分分かりやすかった。
『魔女と暮らせば』ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
クレストマンシーシリーズ。
船の難破事故から姉と二人生き残った男の子キャット。呪術師の家に暮らしていましたが、野心あふれる姉の策謀で大魔法使いクレストマンシーの家に引き取られることになります。クレストマンシーの城には魔法使いの家族、先生、使用人たちが暮らしていますが、プライドの高い姉はその誰とも馴染もうとせず、姉の言いなりになるばかりのキャットも居辛さを感じています。魔力を間違ったことに使わせまいとするクレストマンシーと姉の決裂は決定的になり…。
めちゃくちゃパワフルな姉ですが、ダイアナ・ウィン・ジョーンズ作品では序の口です。ミリーが『魔法の旅』から再登場!ほのぼのしたお母さんになってて嬉しい。兄妹とキャットのぎこちない交流が目に浮かぶようで、自分の経験じゃないのにそうそうこんな感じ、と思ってしまう。城から物を持ち出すと「私はクレストマンシー城のもの!」と喚き出すんですがアナログなのに効果的で面白い。九つの命を持つ大魔法使いがどういうものか、他の人と比較して分かるようにしてくれた回ですね。
『おちゃめなパティ、カレッジへ行く』ジーン・ウェブスター
赤毛のアンの作者が自身のカレッジ経験をもとに書いた短編集。
女の子の塊のエネルギーたるや。
『おちゃめなパティ』という寄宿学校(高校相当)編もあるのですが、刊行順は大学の方が先らしい。確かに一編の長さがまばらだったり手探り感が見えますね。
書かれている時代の男性と女性の交流における儀式感というかままごと感が好き。
『本漫画』和田誠
本をテーマにした1コマ漫画集。
和田誠展を見に行った時に見かけていたのを最近思い出して買いました。
緩やかな描線と昔話や童話といった題材がマッチして眺めているとほのぼのしてきます。
柵を越える羊がみんな本を読んでる漫画が好き。(文だと何のこっちゃですが)
本を読む人の漫画を書きたいなと思ってたのだけど、この本のさりげなさを見ると私のネタは頭でっかちでトゲがあるなと反省しました。
『ゴリラの森、言葉の海』山極寿一・小川洋子
ゴリラ学者と小説家の対談をまとめたもの。
読書会のテーマが「ノンフィクション」だったのでちょうどいいやと読みました。
始めはゴリラの話もしてるんですが徐々に共通の話題「人間」に寄って行き、ゴリラと違って何故人間は戦争をするのか話し合ってました。端的にいうと言語を取得したことにより共感性を発揮、見たことのない共同体の過去にこだわるようになったことが一因だそうです。
言葉の性質に啓示的な発言も多かったのですが、それを書き出したところで感想文にはならないんだよな。シェアラウンジで借りて読んだんですが探して読み直すことはないと思います。
『トニーノの歌う魔法』ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
統一されていないイタリアの小国を舞台にしたクレストマンシーシリーズの一作。刊行スパンが短い上に放っておくからこの月は3冊読みました。
国の防衛をそれぞれ担う二つの名家。国に防御の呪文をかけることで周辺国からの侵攻を食い止めてきました。しかし彼ら自身は互いのことを激しく憎み子供たちにも相手の汚点を刷り込むほどでした。
ある日子供(トニーノ)が家に帰って来なかったため、相手の家の仕業だと決め込んだ大人たちは列をなして乗り込もうとします。ついび両家は町の大広場で激突してしまいます。
魔法の地域性が出ていて良かったです。トニーノたちは住民から呪文使いの家と見られていて、実際に呪文に重点を置いた運用をしています。ふさわしい旋律に歌詞を乗せて歌うことで力を発揮するのです。旋律自体にも力のあるものとそうでないものがあるのが面白い。使い続けられることで力が集まった結果なんでしょうか。
一家の重鎮猫ベンベヌートがかっこいい。トニーノの面倒を見てやるとの宣言通り、毎日トニーノの帰宅に合わせて門に待機し帰ってきたら腕の中に飛び込む…。か、かわいい。ジョーンズ作品の猫って情が深くてでも気まぐれでとても魅力的です。畳む
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チュルリョーニス展
展覧会の名前がうまく言えなくて今もカンペを見ながら打ち込んでる。
メインビジュアルから建築物や無機物主体の精緻な絵が多いんだろうなと思っていたのだけど、ふんわりした描写と光沢の描写が印象的な展覧会でした。人物画・抽象画も多くて、300点近く制作しているのに実際の風景を描いたものは1連作しかないとありました。
もともと音楽の勉強をしたプロ作曲家が突然絵の制作を始め、6年で300点余りのテンペラ画を制作したとのこと。み、見習いて~。テンペラは油ともパステルとも違う柔らかさが素敵で、とくに空と雲の混じる淡いピンク色が印象派を思わせてきれいでした。
一番好きな絵は「おとぎ話Ⅲ」三連画の最後の一枚で、逆光を浴びる王女を描いたもの。後ろに天使を従え?画面の前方には柱が乱立、逆光が実際に見ると本当にギラギラと力強かった。王女のかぶってる冠が想像する低い山状のではなく、とげがピュンピュンと突き立った形なのも地域性でるなと思いました。
最後に置いてあった「レックス(王)」も良かった。前面銅色の光沢で光っていて、描かれているのは多分立つ王とその王を内包する巨大な王。上方では沢山の天使が王に礼をとり、中央の水平線には沢山の太陽が昇ろうとしている。また、王の前方画面の下部には地球が描かれ王の統治を待っている…。
合同開催なので展示数が少ないながらも満足感の高い展覧会でした。チュルリョーニスの作曲した音楽も流れており(交響曲なので盛り上がる)、他の展覧会でも関連する曲流してほしいなと思いました。解説だけでなく曲を流す端末貸し出してくれたら嬉しいな。
悲しかったのは「おとぎ話Ⅲ」のグッズがなかったところ。「レックス」の大判プリントもないと気づいたときは商売しろー!と怒りました。必要でしょ…。
北斎展
冨獄三十六景48枚(?)を一挙公開。小さめの部屋にぐるっと飾ってありました。それを差し引てもチュルリョーニス展より混んでたんじゃないかな。平日であれなら休日の様子を想像するのも怖いです。
版画の中でも最初期に刷られた線が際立つものばかり集めているそうで、どれもくっきり見ごたえがありました、構図も面白いし本を買って勉強するのもいいなあ。版画の紺色表現が好きなのですが、やっぱり紺刷りが流行った時期もあったようで空や海だけでなくいろんなところに紺色を挟んでいて商業を感じました。すごすぎる。
北斎は70年の生涯のうち50年絵を描いていたらしく、36歳で亡くなったチュルリョーニスとの差が際立ちます。なぜこの二人の展覧会を同時に?
「隅田川関屋の里」の水の表現がよかったです。「信州諏訪湖」を見て、高瀬舟ってこんなに大きいの?と知れたのも収穫。
常設展の銅版画スペースの企画は作家による作家の肖像・自画像。銅版画の線の表現は好きだ。銅版画はやらないにせよ描画は真似してみたい。
美術館のショップで写本のブックカバーとしおりを購入。中世の写本って独特の顔つきをしているからグッズ化してくれるのは嬉しい。なんの写本か分かってないけど。
やっぱり美術館は楽しいです。次はアンドリュー・ワイエスかウジェーヌ・ブーダンを見に行く予定。畳む